|



委員長
教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、文教科学行政の基本施策に関する件について質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
中川義雄
自由民主党の中川義雄です。
今日は、大臣の所信に関して、主にそれで質疑をさせていただきますので、よろしくお願いしたいと思います。
今日の日本社会は、自由競争原理・市場経済の体制の下で、確かに経済は繁栄し、世界でも最も発達した国と言われております。しかし、その厳しい競争の原理の下で、実は、競争に勝った者と負けた者、競争に強い産業、例えば自動車産業などの科学技術が生かされれば生産性がすごく伸びるような産業と、農業のようにどんなに努力しても、どんなに工夫してもそれほど生産性が期待できないような産業、そんな産業との間に格差ができます。また、どんなに努力してもその人間の一定の限界みたいなもの、強い人と弱い人もおります。そういう形でも格差が出てきて、今それが非常に格差社会とか言われながら、それが嫌な犯罪やいろんなこの国の社会の出来事の中で暗いものを生んでいることも間違いないと思います。
そして、その中で生まれるのはどうしても不公平感、そういう考え方がやはりこの社会の将来に暗い影を残していることは事実だと思っております。それを克服するためにはいろんな施策が集中しなければなりませんが、教育上の問題でも、これを何とか少しでも教育上でこの格差社会を克服する、そういうような結果を生んでいきたいものだと思いますので、そういった観点で今日は大臣の所信を伺いたいと思っています。
まず第一に、公共の精神や伝統と文化の尊重などについて、改正教育基本法により非常に明確となった教育目標でありますが、学校教育を通じてどのように推進していくのか、また今国会に提出する学校教育法の一部を改正する法律案の中でこの問題をどう取り上げているのか、大臣の所見を伺いたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣)
まず最初に、御質問の前提として中川委員がおっしゃいました自由競争原理・市場経済の欠点というのは、私もそのとおりだと思います。ただ、人間の歴史を振り返った場合に、結果の平等を求める余り、自由競争原理・市場経済ではない社会主義的、共産主義的イズムをもって人間社会が発展をし幸せになったという世界史の歴史的事実はございませんから、やむを得ずとあえて言いますが、我々はこのシステム、イズムを使っているということです。ですから、先生が御指摘になりましたように、これには多くの欠点があるということを謙虚に理解をしながら自由競争、市場原理というものは使っていかねばならない。 で、その欠点をいかに是正していくかということになると、幾つかの政治思想がありますが、一番やはり私は大切なのは、その欠点を顕在させない人間をつくっていくことに尽きると思います。今御質問になった第一の答えが正にそこのところにかかわるものでありまして、改正教育基本法二条には先生が御指摘になりましたような公共の精神や、日本社会において脈々と受け継がれてきた伝統、文化の中で、勝っておごらず、負けて無気力にならずということを我々は教えられながら今日までやってきたと思います。 残念ながら、今その伝統的規範というものが非常に薄れてきておりますので、御指摘のように、改正教育基本法を受けまして学校現場でこれをどうするかということになりますと、今、中教審の御審議をいただいて、御答申の中に盛られているような精神に基づいて学校教育法を改正しまして、そして指導要領をやはり変えていくと。その際に重要なことは、やはり改正教育基本法二条に書かれている教育の目的、目標、これを具体化していくことだと思います。 したがって、公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画する態度であるとか、あるいは、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度、これはつまり我々が脈々と受け継いできた法に書かれざる暗黙の了解事項、こういうものを教育基本法に盛り込んでいただいているわけですから、これを学校現場で教えられる体制をつくっていくことによって、まあ豊穣の中の精神の貧困という批判を受けている現在の日本文化を少しずつやはりいい方向へ変えていく。そして、先生が一番最初、前提として御批判になったやはり現状に、時間が掛かるけれども直していく、これが改正教育基本法の私は一番大きなねらいであると思っております。
中川義雄
私も全く同感でありますが、そこで具体的にお伺いしたいと思いますが、やはり教育を通じて社会に出ての人間力、これを高めることがやっぱり一番大事だと思っているんです。そういう中では、やっぱり基礎的、基本的な知識をしっかり教えること、それから社会へ出て通用する技能、技術といったものをどうやって子供たちに教えていくのか、そしてさらに、子供たち自らが進んで学ぶといったような、そういう雰囲気をどう醸し出していくのか。このためには学習指導要領全体を見直すという所信表明の話ですが、これを具体的にどうやって実行していくのか。と同時に、文部省がどれだけ立派なものを作っても、やはり教育の主体は地方の教育委員会、地方が握っているものですから、文部省と地方との間でその伝達その他をどうやってやっていくのか、大臣の考え方を教えていただきたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣)
まず、先生の一番最初の冒頭の御質問にあったのは、やはり人の在り方、子供のしつけにかかわるものに、そして今御質問になっているのは、それとあわせて、持たなければならない技能あるいは学力のようなものにかかわるところだと思います。 従来、文部科学行政上、我々はゆとり教育という言葉を使ったことはありませんけれども、いわゆるマスコミ用語としてのゆとり教育は、時間数の短縮ということと総合学習ということがごちゃ混ぜに私は論じられているのではないかと思います。 やはり、単なる知識の詰め込みだけではいけませんので、基礎的、基本的な知識を身に付けた上でそれを応用していくという総合学習、いわゆるゆとり教育と言われるものの理念は、私は決して間違ってなかったと思います。ただ、かなり自由に学校現場でやらせていた、そして成績を付けないというようなことがありましたので、間違った運用がなされていた教育現場もあるという批判は確かにございます。ですから、これを正しくやっぱり運用していくようにしなければならないというのが第一点。 それから、学習指導要領全体を見直して、やはり国語力ですね、国語の、自国語の表現力、それから基礎的な将来のイノベーションにつながる理数教育の充実、こういうものについて御指摘がありましたような実社会との関連付けをしながら学習指導要領を少しずつ変えていって、そして時間数を基礎学力にある程度やはり割いていくということをしないといけないと思います。 いずれ国会に学校教育法の法案を御審議願いますので、それをお認めいただけましたら、それに従って学習指導要領を改正をいたしまして、予算の肉付けをして、教師の人たちにもやはり気持ちよく働いていただく環境をつくらねばなりませんので、それを教育委員会がしっかりとやってくれる、やってくれない場合にどういうふうにするかという法律も併せて、地教行法という形でお願いしたいと思っております。
中川義雄 実は、私もこの次で国語力だとか理数科の必要性を聞こうと思ったら、先に答えていただきましたので、それは省略させていただきます。そのとおりだと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。 次に、今問題になっている高等学校の履修科目、未履修科目問題が非常に大きな問題になっております。これは大学の入試の在り方に非常に大きく関連しているのではなかろうか。高等学校の必要な履修科目に対して大学の入試科目が極端に少なくなっている。そのためには大学に入学に有利な選択をどうしても、子供たちも先生方もその方向で行ってしまうと。そうすると、その結果として大変な未履修、非常に偏った人間がそこでできてしまうわけでありますから、これをどう対応していくのかということについて、これは文部科学省の担当当局の考え方を聞かせていただければ結構です。
政府参考人
(清水潔文部科学省高等教育局長) 先生御指摘のように、今回の未履修問題でございますが、高等学校教育において高校生に幅広い知識と教養を身に付けさせるという理念に基づき定められた学習指導要領を逸脱し、大学入試への対応を優先させたことが背景にあると、このように認識しております。 私どもとしても、正にこの未履修のこの問題、と同時に、他方では大学の入学者に占める学力検査を経ない、推薦入学とか、その者の割合が四割に達している、こういう現状、両方を踏まえながら、高等学校と大学とがどう円滑に接続していくか、こういう観点から大学入学者選抜の在り方について中央教育審議会等の場で検討していきたい、このように考えておるところであります。
中川義雄 この課程で私もびっくりしたんですが、私が高等学校時代は日本史も世界史も必修科目で、日本の良さというものをその中で随分教えていただいた、また世界に対してもいろんな好奇心を与えていただいた。ところが、いつどこでどう変わったのか知りませんが、日本人にとって一番大切な日本史が必修科目でなくなったと。これでいいのか。いつ、どういう観点からこんなばかな改正が行われたのか、教えていただきたいと思います。これ、ちょっと通告していませんでしたから……。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) 細かくは参考人から補足が必要であればさせますが、日本史の扱いは中学校では必修になっておるわけです。世界史を高校の必修にしているわけですね。ただ、中学校だけで世界史を教えるというのでは、先生の御質問は、多分深掘りの掘り方が浅くなるだろうと。 いろいろ学校現場の声も私、聞いておりますが、時間数の問題もあって、特に昭和になってからの現代史にはほとんど手が付けられていないと。これは、時間数の問題と同時に、歴史に対するある程度の判断が入ってまいりますので、非常に学校の教師としては教えにくい分野であるから逃げるということもあるんだと思います。 ですから、もちろん高校では日本史は選択になっておりますんで、その辺りの中学校、高等学校の配分をどういうふうに考えるかというのは今後の学習指導要領の一つの作り方のポイントだろうと思っております。
中川義雄 実は、私も海外へ行くたびに、それぞれの地域の人たちがそれぞれの地域の歴史に大変な誇りを持って、目を輝かせて得意になって説明していただくとき、それに対して私たちが日本の歴史や我々の郷土についてどれだけの理解をしているのかなと考えたとき、ちょっと寂しくなる思いをすることもありますので、やはり日本人としての誇りの原点というのは、先輩たちがどのようにしてこの国を築いてきたか、そういうことが大事だと思いますので、大臣、そういう配慮を是非していただきたいと思います。 最近、本当に毎日朝、新聞を見たりテレビを見るのがちょっと嫌な思いをするぐらい、子供たちの痛ましい事件が次から次に起きてきております。こんなに子供たちが傷付け合い、また大人を殺したり、兄弟で殺し合ったり、こんな風潮は日本にはなかったような気がしてなりません。何で最近このようなことが多くなってきたのか。これ大臣、もしそれに対して大臣の所見があったら、これはだれにも分からない、本当のことは、真実は分からないと思いますが、考え方があったら教えていただきたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) 先生がおっしゃったように、率直に言って見方はいろいろあると思います。子供が傷付け合い、殺すだけではなくて、子供も殺されているということですね。ですから、ちょっと抽象的な言葉になって恐縮なんですが、豊穣の中のやはり精神の貧困のようなものが、これは経済発展を遂げて豊かになった国ではどこでも起こる現象なんですが、日本の場合は特に最近それが著しいと。子供というよりも、社会全体がやはり豊かになった中で、助け合わなくても一人で生きていけるだけの規模の経済になってしまったと。だから、共同体意識が非常に薄れているということ、これがまず一つあると思います。 それから、公共の精神が非常に薄くなって、どちらかというと、自分というか、個人というものを非常に大切にしている。このことは決して、個人の権利とか個人の人権というものは侵すべからざる大切なものなんですけれども、それと同時に、やはり公共の精神というものが合わさってやっぱり国家というものはできているわけで、その辺の率直に言うとバランスが崩れてきていると。これが戦後ずっと積み重なって今の時代ができているということだろうと思います。 同時に、技術がどんどん進展するために、テレビゲームを見たり携帯を見ても、相手を殺すようなゲームがたくさんあるんですね、これ。ですから、科学技術の進展とかメディアというものの影響もたくさんあると思いますけれども、やはりそういう中で子供の他人を傷付ける行為に対する罪悪感とか規範意識というものが薄れてきている。そして、仲間でお互いにグループとして生きているよりも、少子化になり核家族になっていますから、人間関係の持ち方が余りうまくいってない。そういう中でいろいろな、もちろん受験戦争だとかいろんなことあると思います。だから、ストレスもかわいそうだけど掛かっている。こういうものが総合的に出てきているのが、今先生が慨嘆されたような現状。 ですから、安倍内閣としては、先般、国会でお認めいただいた改正教育基本法には、二条の「教育の目標」に生命を尊ぶ態度を養うということを明記しておりますので、この教育の目標を学校教育の場で具現化して、そして、それで教えてもらった人が親になり、子供をしつけ、しつけられた子供が親になり、また子供をしつけ、教えてもらった人が先生になり、教えてもらったのがまた先生になり、この繰り返し、これをやはりやって、まあ五十年、百年仕事だと思いますが、その時代には日本に今のような悲しい社会ではない社会をつくりたいと、これがやはり安倍総理が教育再生が自分の内閣の最優先課題だと言った思いだと私は思っております。
中川義雄
私も自分の人生をずっと振り返ってみて、私はやはり教育者として私の両親、両親は二人とも貧農に生まれて字もよう書けない両親でしたが、父は全く、男として負けたら駄目だと、常に強く生きろといって殴られながら厳しい教育を受けましたが、母はまたそれとは逆でして、人には優しくしなさい、必ずどこかで神様が見ている、悪いことをしたら罰が当たる、もったいないことをしたら目がつぶれる、そんなことだけ言って教育をしていただいたこと、それがやっぱり三つ子の魂百まで、それが我々兄弟にとっては非常に掛け替えのない両親から受けたものだったと、こう思っているんです。 それが何か今失われてきている。宗教的な情操教育みたいなものが家庭の中からも、それからまた学校教育を通じても、それがなくなってきているような気がしてなりません。それにまた重なったのが、もうどうにもならない、これ以上おれらはもう望みがないという絶望感みたいなもの、それがまたいじめになったり、自殺の原因になったり、人を傷付けたり、そんなことになっているのではないかと思いますが、これは私の考え方ですから答弁は要りません。ですが、やはり宗教的な情操教育というものを教育の現場でどう醸し出していくのか、この点だけは大臣から、この一点だけは大臣の考え方をお聞かせいただきたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) 情操を教えるということは非常に大切だと思います。そして、常にあらゆる宗教に共通することは、やはり感謝の気持ちとか、自分が大自然に対して非常に小さな存在であるという謙虚さとか、こういうことを教えていくということは、正に先生がおっしゃった情操を養うという意味で非常に大切なことです。 ただ、御承知のような憲法上の規定がございますので、特に公教育、公立学校においては、特定の宗教の教義を教えるということは非常に難しい。しかし、その中に流れる、先ほど申し上げたもろもろの人間として大切な心構えを教えていく、これが先生が御指摘になったことだと私は理解しております。
中川義雄
続きまして、関連していじめの問題。 もう本当にいじめの問題は深刻な大きな大きな社会問題になってきておりますが、これも考えてみますと、北海道の滝川市で起きた事例が何か物すごく伝染病にかかったように全国に波及していったわけでありますが、滝川へ行って私自身も調べてみたら、なぜこうなってしまったかというと、それは地域の人たちも学校の先生も見ても感じても知らないふりをするという、そんなことがこの問題の解決を非常に遅らせた、自殺まで追いやるほど深刻化した。そして、びっくりしたんですが、あそこへ行って父母の会の代表の人たちと話したら、我々に対して、犯人を捜すことだけはやめてくれというような話をして、それが子供たちを守ることなんだというようなことをみんな異口同音に言っておりました。 これが私は非常に悪いのではなかろうか。そのことをやっぱり自らの問題として取り上げて、地域全体、学校も含めてみんなの問題として、いじめることは悪いことだ、いじめられることにも何か責任があるのかもしれない、それをすべて透明にして、そして地域を明るくすることによって、開かれた地域にすることによって、いじめの問題も、学校の一部の問題としてではなくて地域の問題として取り上げていったら、あんな滝川のほんの小さなコミュニティー、あの中で何年も気が付かないでいたということは、それを見て見ないふりをする。そのことは、教育全体、子供たち全体について何か社会が見て見ないふりをする。私たちが小さかったころは、おやじにもげんこを張られたが、必ず地域におっかないおじさんやおばさんがいて、他人でもへっちゃらでしかり付けたという地域社会でありました。今、そういう地域社会になっていないことが大きな原因なのかなと。 ですから、学校教育だけじゃなくて、学校教育を中心にして社会教育一般の中で子供をどうやってはぐくんでいくかという優しさが求められていると思うんですが、いかがでしょうか。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) おっしゃるとおりだと思いますね。 二つ申し上げたいと思いますが、社会が大きくやはり変わってきた中で、家庭のしつけ、地域社会の教育力というものは今はほとんど崩壊に瀕していると思います。かつて家庭でしつけたこと、地域社会の教育力をすべて学校の先生に背負わせて、そして学校の先生を非難するという傾向がありますが、私は、これはやっぱり間違っている、学校の先生はこれじゃたまらないと思いますね。 ですから、やはり今回の改正教育基本法に書きましたように、教育の原点はやはり家庭にあると。そして、学校、家庭、地域社会がお互いに協力をしながら子供に向かい合っていくということを改正教育基本法には書いております。ですから、これを踏まえて、例えば具体的には放課後子どもプランとか、こういうものが始まっているわけですが、この三つの連携の中に子供を育てていくというやはり姿勢をしっかりと文科省が持って、地方教育委員会にお願いをしていかなければならない。これが一点。 それからもう一つは、昨日、各報道関係の論説の方々と私は懇談をしたんですが、その際に申し上げたのは、マスメディアも例えば自殺だとか事件があると大きくそれを取り上げられます。しかし、事件にならないように黙々と努力をしながら自殺を防いだり学校現場の荒れを食い止めている何万倍の立派な教師が現場にいるということも、やはりメディアの人は私は理解してもらいたいということを申し上げたんです。 ですから、何か失敗をするともうそのことを大々的に報道されるということになると、そのことが報道の役割として悪いわけじゃありませんし、我々もそのことを心しておかなければいけないんですが、いじめを出した先生は駄目だと、いじめを出した学校は駄目だと、いじめを出した教育委員会は駄目だという評価を社会がみんなしてしまうと、人間ですからどうしても隠そうとなるわけですよ。気付かなかったのか隠していたのか分からないんですね。 ですから、私は、いじめがある学校は悪い学校ではないと、いじめを放置していた学校が悪い学校だと。一番いい学校は、いじめがあったけれどもそれを見付けて、そして大きなことにならないようにきちっと処理した学校、教師が一番いい教師だと。そういう形で学校現場に対応してもらうように、各教育委員会に担当の局長からお願いをしたということでございます。
中川義雄
所信の中で私は非常に勇気付けられたのは、幼児教育の大切さに触れております。私は、本当に三つ子の魂百までと、小さな子供のときに心の中に抱いたものというものはそう簡単に抜け切れない。ですから、幼児教育が非常に大事だと。 しかし、幼児教育は、家庭も社会もまたそういう教育機関もしっかりしていかなければなりませんが、今この中で幼児教育の将来の無償化について検討するという話が出てきましたが、これは例えば幼稚園という中でそれを取り扱うのか、それから、または、今出ているのは認定こども園、そういったもの、これは保育所と幼稚園の機能を持ち合わせたようなもの、そんな中でそれを考えていくのか。できればその両方ともで、何とかして無償化もして子供心をしっかりと将来に向けて健全な心に育っていくようにやっていただきたいと思いますので、この点についての具体化にはどうするつもりなのか教えていただきたいと思います。
政府参考人
(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 改正教育基本法におきましても、幼児教育の重要性について規定が設けられているところでございます。 お話のございました大臣の所信におきましては、幼児教育の将来の無償化の検討と認定こども園制度の活用促進の二点について述べられているところでございます。 幼児教育の無償化につきましては、骨太の方針などにおきまして、幼児教育の将来の無償化について、歳入改革に併せて財源、制度等の問題を総合的に検討しつつ、当面、就学前教育についての保護者負担の軽減策を充実するなど幼児教育の振興を図るということとされているところでございます。この問題につきましては、財源の問題もかかわりますので、国民の幅広い理解を得ながら議論をしていきたいというふうに考えているところでございます。 その際、認定こども園でございますけれども、これは昨年、国会におきまして制度の創設をお決めをいただきまして十月からスタートをいたしました。就学前の教育、保育に関する多様なニーズにこたえるためにその活用の促進を図っていきたいと思っております。そして、幼児教育のこの無償化を検討する場合には、幼稚園だけではなくて、認定こども園あるいは保育所につきましても併せて今後この幼児教育の無償化ということで検討していく必要があろうかと思っております。
中川義雄
続きまして教員の資質向上、これは本当に大切なことだと思うんですが、先般の教育再生会議の中で、第一次報告の中で取り上げて、中央教育審議会で取りまとめられた答申の中身によると、今国会に教育職員免許法等の一部を改正する法律案という形の中でこの問題を具体化すると聞いておりますが、どんなようなことを考えているのか教えていただきたいと思います。
政府参考人
(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 去る三月十日に中央教育審議会から答申をいただいたところでございます。この答申の中では、教育職員免許法等の改正につきましては、教員が広く社会から尊敬と信頼を得られる存在となるように所要の改正を行うべきということを言われているところでございます。 具体的には、教員に必要な知識、技能の刷新を図るために免許更新制を導入をすると。この免許更新制は、一定の更新講習を受講しそれを修了した者が更新をできるようにすると、その期間は十年とするといった内容でございます。さらに、加えまして、答申の中では、指導が不適切な教員を認定をし、その教員について研修を実施し、なおその結果、指導が不適切であると認定をされた者は免職をする等の新たな人事管理システムも導入するといったことも答申されているところでございます。 現在、こういった内容を踏まえました教育職員免許法及び教育公務員特例法、この二つの法律案を中心とした改正案について検討を進めているところでございます。
中川義雄
また、所信によりますと、めり張りのある教員給与体系の確立、本当にそうしていただきたいと思うんです。のほほんとしても給与は一定の水準にまでいく、これではやる気のある先生もやる気のない、まあ駄目な先生と言ったら失礼ですが、そんな先生も待遇だけは同じだというのであっては、これはある意味では社会的に見ると大変不公平な話だと思うのであります。 ただ、市場原理、なかなかここでは取りにくい。子供たちは先生を選ぶ権利さえ与えられておりませんから、やはり行政や社会が教員を選んで、そしてその教員にある種の特典を与えていくということは非常にいいことだと思いますが、これやるのには非常に難しいと思いますので、これをどうやって具体化する、このいいことを是非実施していただきたいんですが、どうやってやっていくのか。今その問題解決策があれば教えていただきたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) 駄目な教師というような言葉がマスコミ用語として使われますが、これは非常にやはり私は判断が難しいと思いますね。ですから、やはり基本的には校長の評定というもの、それから地域社会の親御さんたちをも入れた評価というものはやっぱりある程度重視をしないといけない。同時に、副校長、主幹、指導教諭というようなやはり職を設けるとか、それから現在一律な教職の調整額や手当をどういうふうに見ていくかとか、いろんな問題があると思います。ですから、少しここは先生がおっしゃったように非常に難しい問題であるだけに、教員の方々の士気を逆にそいではいけませんから、よく考えさしていただきたいと。 それからもう一つは、給与総額ですね。これは、まあ教員は非常に恵まれていると、こういうふうに一般に言われますけれども、私は特に財政事情が非常にいい、単費でいろいろなことができる、例えば具体的に言うと東京都のようなところの地方公務員の、何というんですかね、超過勤務手当の支給実態などと比べてどうかなということは、少しよく調査をして二十年度予算編成に臨まないといけないんじゃないかという気も今しております。 中教審の今回いただいた答申では、総論の中にやはり免許の問題、研修の問題と併せて教員のやはり各般の処遇のことをきっちり考えないといけないということは書かれておりますので、先生が今御質問になっている両方のことが両々相まって良き教師をやっぱりつくっていくんだという認識で今後の事に当たりたいと考えております。
中川義雄
このことですぐ思い出すのは勤評反対闘争、日教組による勤評反対闘争、それがある種のやる気のある校長先生や何かに大変な挫折感を与えてしまって、それが今日までもいろんな尾を引いているような気がしてなりません。これをやる以上はしっかりやり通してしまわないと、中途半端で終わると大変なことになると思いますので、これは今の大臣の下でないとできないと思いますから、是非しっかりやっていただきたいと思っています。 教育の条件の格差是正ということも非常に大切なことだと思います。例えば、図書費というものを昭和六十年に、これ補助事業だったのを地方の一般財源に移しました。最近も例えば、学校の先生方の給与までも地方の一般財源にせよというような大きな声が地方から上がってきておりまして、二分の一の補助から三分の一の補助になったというような過程の中で、私も勉強さしていただいたものですから、一般財源化というのはどんなことかと。 例えば、図書費も昭和六十年のときに一般財源化したんです。そして、地方交付税で基準財政需要額で一定の額を計上して、そして全国的に見ると格差のないような図書費の配分になっていた。去年、おととしの例で私、調べてみてびっくりしたのは、不交付団体である東京都が基準財政額の倍ぐらいの図書費を使っている。ところが、非常に財政力の弱い地域はその三分の一も使っていない。ひどいところは十分の一ぐらいしか使っていない。子供たちの図書費というような本当のささやかなものまで、それを役場の職員か何かの給料に変えてしまったりするというような形で、一般財源ですから何でも使えるわけですから、そうなってしまっている。そのことが、財政力の弱い地域と強い地域では子供を育てる環境にも大変大きな格差になって表れていると思うんです。都会ではすぐそばに公設の図書館があります。しかし、財政力の弱い農山漁村におきますと、公立の図書館まで行くとしたら十キロ、二十キロ行かなきゃなりませんから、子供では絶対行けない。せめて学校の図書館ぐらい一定の水準を保たぬとならないが、財政がないためにそれまで使ってしまうというようなことで教育条件の格差が物すごく拡大する。 教育の機会均等という憲法上で保障されている問題も、実は地方の財源だとか何かによって大きな格差が出てくる。これをなくさないと、同じ子供がやはり育つ段階で教育条件の格差によって大変な差が出てしまうようなことがあっては私は重大な問題だと思いますが、この問題についての大臣の考え方か当局の考え方でも結構ですから、教えていただきたいと思います。
国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) これは中川先生、まあ地方分権というものの一般的な評価にかかわってくることだと思いますね。 我々自由民主党がやってきたシステムというのは、どちらかというと中央が官主導でコントロールをしてきたと。それに対していろいろな非難があって、地方でできることは地方、民でできることは民という大きな流れがあって、実は自由民主党の総裁であるんだけれども小泉純一郎という人は自民党をぶっ壊すということを言って、従来の民主党の御主張をそのままむしろ私は取り入れておやりになったんだと思うんですね。その結果、格差というものがやっぱり顕在化してきたというのは、これはごくあり得ることなんですよ。 今、むしろ民主党がおっしゃっていることは、この格差を是正するために官が主導で農業の問題を扱う、あるいは地方の問題を扱うという形になって、私は多分その答えは両者の真ん中辺りにあるんだと思うんですね。だから、地方で補助金をやめて、地方に税目を渡して、そして不足分を交付税で措置するということになると、税目を渡してもらっても、税収が上がらない地域は交付税でもらうしか方法はないわけですよ。ところが、その交付税はずっと抑えられてきている。交付税で入ってきたものは何に使うかというのは、先生がおっしゃったとおり抑えられちゃうわけですね。そうすると、地方財政の中で何を重点にこの予算配分をしていくかというのは首長の判断であり、同時に、その首長の判断をチェックするところに地方議会の機能があるはずなんですね。この辺が必ずしも十分に動いているかどうかというところにこの問題があると。 だから、それがまずいからということで、補助金という形でもう一度国へそれを戻していただいて、国が本当に権力の行使ということだけを考えずに平等性、公平性を考えてうまくやれば、私は補助金方式の方がはるかにいいんだと思うんですね。ところが、現実は、国へ戻すとまたいろいろな弊害が出てくる。地方分権と平等性との間の、はざまに生じたような問題ですね、今御指摘になったのは。だから、できればやはり私は、地方の首長が教育とか福祉とか命、健康、教育、それから安全、安心にかかわるものについて重点的に交付税を配分、交付税を財源とした地方予算を組んでもらって、それを地方議会が監視していくというのが望ましい姿ですので、私たちは補助金を取り上げられてしまった官庁でございますから、できるだけ地方交付税の中で先生がおっしゃったようなことにならないようにお願いをするということはやりたいと思っております。
中川義雄
それで、今回の所信を見まして非常に感じたのは、ちょっと残念に感じたのは、イノベーションといった言葉や科学技術・学術、海洋開発とかナノテクノロジーとか、非常にいい話、でっかな話が随分目立つんですけれども、これも本当に大事ですが、しかしもっと地に足の付いた施策も必要ではなかろうかと思うんです。 その中の一つは、例えば職業教育。私、調べてみましてびっくりしたんですが、これは学校基本調査の結果ですから間違いない結果だと思いますが、農業高校、卒業者数三万一千六百人、うち農業に就職した人は七百八十五人、二・五%。今、日本の農業、私も日本の農業をどうしようかということで、非常に担い手を大切にして、しっかりとした担い手を支えて、そしてやる気のある農家に農地を集中してある程度規模を拡大するというような農政でやろうとしているときに、農業高校を卒業した人がたった二・五%しか農家にならない、そういう学校であると。 大学はもっとひどくて、大学の農学部ではもう農業を教えていないと言った方がいい。何だか専攻と難しい科目ばかりでして、私が今読んでみても、これが農業とどう関係するのかなと。言わば、すべて先端産業というか先端技術みたいな形で農学を教えている。言わば、農業の世界では頭でっかちになって、船頭ばかり多くなって、船頭多くして船山に登るというようなのが今の農業の実態ではなかろうか。やはり、まじめにやる農家をどうやって育てていくのかと。 例えば、私のふるさとにあった普通科と農業科が両方ある学校では、今なくなりましたが、農業科の実習生が帰ってくるころ普通科の生徒が帰ってくる。真っ黒な姿を普通科の生徒に見せたくなくなって、どこかじっと別なところで待って、みんなが帰るのを待って体をきれいにして帰ると、こんな惨めな形ではいい農家は絶対育ちません。 ですから、しっかりとした技能労働者や農民といったものをどう育てるかも教育上の大変立派な配慮だと思いますが、今回のこの所信にはそれがほとんど触れられていないことがちょっと寂しかったものですから。これは答え要りません。多分こうなっているということは間違いないんですから、将来に向けてこれを是正していっていただきたいと、こう思うわけであります。 次に、大学教育の、高等教育の在り方について、具体的な例で。 ここ二、三年、地方の拠点となっている病院の勤務医が極端に急減しているんです。そして、それが地方においては命にかかわる大問題になっているんですよ。この実態を厚生労働省はどうとらえているのか、お聞かせいただきたいと思います。
政府参考人(白石順一厚生労働大臣官房審議官) 医師の、お医者さんの偏在によりまして、一定の地域あるいは診療科あるいは医療機関において必要なお医者さんが確保できていないという状況が生じているということは承知しております。 背景は様々ございますけれども、主なものといたしましては、臨床研修の必修化あるいは国立大学の法人化など、大学病院を取り巻く状況の変化に伴います大学病院がお医者さんを派遣するという機能の低下がございます。それから、各病院に、特に産科、小児科の場合、一人ずつ配置されるという薄く広い配置では、夜間、休日の対応等々で病院の勤務医の職場環境が大変厳しいものになりがちであるということ。それから、特に産科を中心にいたしまして訴訟の増加というふうなことに対する懸念、あるいは女性のお医者さんが最近増えておりますので、どうしても、いわゆるM字カーブというのがございますので、それへの対応、そういったことから今言ったような状況が生じているというふうに考えております。
中川義雄
その説明を聞いたら、ぺらぺらぺらぺら説明聞いて、これに、命にかかわるこの大問題にどうやって、要因だとか何か、いろんな要因あるのは分かります、あったからこうなったと思います。じゃ、それをどうするのかということになると、何の手も付けられていない。 本当はたくさん聞きたいことがあったんですけれども、一つの事例で、これ端的にお聞きしたいと思いますが、根室市立病院というのがございます。根室市立病院は、最盛期のころは三十人近くの医者がいたと言われております。去年は十七人いました。今年は十一人になりました。六人減ったんです。その減った要因というのは、あそこの市立病院というのは旭川医科大学の卒業生、医局から医者を派遣してもらったと。今言ったように、大学の臨床医が少なくなったり、また大学も独立行政法人化で少しでも利益を上げたくなったりして、大学から六人医者がぽっと引き抜かれた、そして十七人から十一人体制になったんですよ、今年。そうしたら、十一人体制になったら、今審議官が言ったように、病院の需要といいますか、病人の数は全然減っていませんから、ですから残った人だけでその一定の医療水準を維持しようとしたら、これはもう死ぬような努力。急にそれだけ医者がいなくなった。三十人ぐらいだったのが十一人になってしまったから大変忙しい。今年の四月で、これから八人辞めて、十一人から八人辞めて三人だけ残るというんです。その要因を聞いたら、今度は医局から引き揚げられたんじゃなくて、今言ったように死ぬような苦しみになっちゃうわけです。患者が次から次に来るが医者がいない。しかし、医者の責任上、ほうっておくことできない。ですから、大変だということで、そのうちの五人は札幌周辺に出ていって開業医になったり、そこでの勤務医になっているわけです。 これは、私は、厚生労働省にも責任があると思うが、大学にも大きな責任があるのではなかろうかと。大学は、医科大学で医者を育てるというのは、しかも国立の、全部税金でやっている国立の大学で教える医者にどんな教え方をしているのだろうかと。すぐ引き揚げてしまうというような、それが附属病院の院長を始め幹部の先生方だとしたらこれは恐ろしい人だと、そう思うんです。 根室市というのは、次に近い大きな町といったら、こういう大病院のあるところといったら、釧路市まで約百五十キロ近くある。冬になると時間距離は五時間ぐらいになります。盲腸で、急性盲腸で入院したって、今外科医一人もいないんです。命にかかわっちゃう。産科も一人もいない。 それはもう、そういうことになると、その地域はもう無医村みたいなもんで、それを解消するために厚生労働省も、そして大学で医者を育てている文部科学省も、何となく無責任に、何ぼ私が言っても、どうにもなりませんと言っている。私は医者でありませんから私では本当にどうにもできないが、医者を育てて、医者の数はずっと増えているんですよ。人口十万人当たりの医者数も増えていっているんです、ずっと、この国は。なのに、辺地ではこういう状態になっている。その元をつくっているのは、大学の医師の派遣を引き揚げるところから始まっているということ。こんな大学であっていいんでしょうか。こんな人の命を厳しくするような大学で教わる、そこから生まれる医者はどんな医者が出てくるのでしょうか。 そんなことを考えると、教育上の問題でもあるし、それから地域医療をどう確保するかという医療行政全体の問題とも絡み合う問題ですから、両省庁の専門家の話を伺いたいと思います。
政府参考人
(清水潔文部科学省高等教育局長) 先生御指摘いただきましたように、まず一点目、大学病院の医師派遣機能の低下についてでございますけれども、基本的に、総じて言えば、若手の医師が魅力ある研修、勤務の場を自ら選ぶというのが今主流になりつつあり、かつて言われたような医局人事による医師の派遣ということを行い得る環境が失われつつあるということだと思います。 例えばその要因として、御指摘ございましたように、例えば臨床研修義務化によって例えば研修の場所の選択ができて、大学病院を選ぶ者が七割から五割に低下した。あるいは、修了後も、魅力ある勤務の場、あるいは医療能力の向上ということで、大学病院以外に行くようになった。あるいは、先ほど御指摘もございました病院における厳しい勤務環境を嫌って開業志向が増えてきたというふうなことが、なかなか医局人事による派遣というのが難しくなってきて、言わば総じてむしろ、それぞれ若い人たちがそれぞれには魅力を、あるいは地域医療に関する志を育てるような教育が正に必要になってくる、研修も含めてということであろうと思っております。 もう一つの要因は、国立大学の法人化によりまして、大学病院は地域の高度先進医療を行う中核的な医療機関でもございます。そういう意味で、その役割はどう果たすか。もう一つは、経営面でどう一層努力するかというようなことも必要な医師の確保の要因となってきている。 このような状況でございまして、私ども、厚生労働省とも協力しながら魅力ある研修プログラム、研修体制を大学病院では、あるいは教育も含めて確立していくと同時に、医師紹介に当たっては、県、正に県における地域医療協議会での言わばそういう意味での透明な医師派遣システムの構築に大学病院が積極的な役割を果たす、そういうことのために努力していきたい、このように思っております。
政府参考人(白石順一厚生労働大臣官房審議官) 個別の地域の事例の紹介ございました。 確かに、おっしゃられますように北海道も、勤務医も、道全体であれば勤務医も開業医さんも両方とも増えているわけでございますけれども、その中でも特に地域の偏在というのがございます。 上川中部、旭川周辺と御指摘ありました根室の辺りでは三倍のお医者さんの人口当たりの差がございます。こういう地域の差というものもございますので、現在、道を中心にいろいろと対策を取っておるところでございますけれども、どうしても地域の中核病院である市立の根室病院、この大事さということは私どももよく承知しております。道とも協力いたしまして、また文部科学省、総務省とも連携しながらお医者さんの確保に我々もお手伝いができることないかということで、今調整をしておるところでございます。
中川義雄
今答弁聞いても、何となく空疎なんです。何か言い訳だけよく聞こえてくるが、具体的にちゃんと根室のこういう病院には医者を派遣するんだと、こうやって派遣するんだと、大学の責任でこうやると、厚生労働省の責任でこうやるというもの聞こえてこない、全然。こうなったからこうなったという言い訳ばかり聞こえてきて。 いいですか、命の問題なんです。命の問題。この問題をそう簡単に言われたんではたまったものではない。これで美しい国日本、安倍総理が何ぼ唱えても、逆じゃありませんか。命がこんなに軽んぜられている醜い日本になるんじゃないですか、これは。 ですから、それを道の協議会に任せたとかなんとかと言っていますが、道の協議会にも何の権限もない。大学なんというのは道の言うことなんか全然聞かない。道立の札幌医科大学でさえ知事の意見も聞かないでやっているという、そんなもうていたらくでありますから、これ本当にもっと大胆に。 それから今度は、周辺部ばかりじゃないんです。調べてびっくりしたのは、札幌圏にも随分医者が集まっているんですが、札幌圏の中核病院であった江別市立病院も同じような状況になっている。これは、勤務医が忙し過ぎて辞めてしまったと、そしてまた、それを迎える病院も出てきたというような形で、しかし、それもよく聞いてみたら、大学の医局がそれに介在しているんですと、医局がですよ。医局が介在して、医局に余り協力しなかったからこうなったのかもしれませんが、こういうことは何としても排除していただきたいと。これは、やっぱり我が尊敬する大臣が先頭に立ってやっていただけることを期待して、私の質問は終わらせていただきます。

|