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第165回国会
2006年10月26日
教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査

コメント
■ 北海道滝川市におけるいじめ自殺事件の真相解明に関して質問に立ちました。
■ 滝川市で一年以上前に起きた事件が隠蔽され、ようやくその事件が明らかになってきた。
■ 私は独自でこの事件を調査し、10月17日に行われた文部科学省の現地調査が、亡くなられた児童の親族に面会もせず、学校、教育委員会側からの事情聴取だけという不充分さを指摘。一年間も隠し続けた学校現場の隠蔽体質を非難、文部科学省に厳正な調査を要求しました。

  





■委員長  教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、質疑を行います質疑のある方は順次御発言願います。

■中川義雄 自由民主党の中川義雄です。
 先日の大臣の所信を聞いて非常に感銘を受けたものですから、今日は本当は大臣の所信について具体的にいろいろ聞くつもりだったんですが、その後、いじめ問題が大変な問題になってしまいまして、そして、私の選挙区である北海道の滝川市で一年以上も前に起きた事件が、あらゆる隠ぺい工作をしながら、ようやく最近になって問題が出てきたと。私は、この隠ぺい工作がしてなかったら、ひょっとしたら福岡県での事故は防げたのではなかろうかと私は本当に残念で仕方がないものですから、この問題について私が調査しながら得た情報に基づいて文部省担当者のいろんな見解をお聞きしたいと思いますので、しかし時間が余りにもない、私に与えられた時間、何時までですか。時間が限られておるものですから、できるだけ細かい話は簡潔に答えていただきたいと思うわけであります。
 昨年九月九日に滝川市の江部乙小学校の教室でこのクラスに所属する六年生の女子児童が、読みにくいんですけど、首をつってぐったりしている、そのことを登校した生徒が見付けて、そして校長に知らせたと。駆け付けた職員が人工呼吸の応急処置をしたが、意識不明のまま病院に入院したと。
 その日の滝川市教育委員会の発表によりますと、女子児童は早朝に登校して自殺を図ったと見られております。これに対して、滝川市の辰巳信男教育部長は、遺書があったかどうかは現時点では把握していない、そう新聞記者の前で話しております。学校は、二時間で打ち切って、全児童を下校させ、六年生に特に動揺が見られたので、先生が手分けして家庭訪問をしたと。この内容は、当時の道内各紙の中で一番詳しく報道した毎日新聞の内容であります。これが一番詳しい内容なんです。
 この事実を文部科学省はいつ把握したのか、政府参考人の見解を求めたいと思います。

■政府参考人( 銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 文部科学省がこの事件を把握をいたしましたのは、事件の当日、平成十七年九月九日金曜日の二十一時四十五分に北海道教育委員会から連絡が入った時点でございます。

■中川義雄  これは九月十日の新聞です。翌九月十一日の朝日新聞でも報道しておりますが、発表は、現時点では原因と思われるものは見当たらないと、そしてこの児童は普通の児童であったと、非常に簡単なコメントを学校当局がこの時点で発表しております。そして、この時点でようやく、教室の担任の机に数通の手紙が置いてあった、中身は確認せず保護者にそのまま渡した。しかし、この事件の報道に触れて、約一年後にこの問題について、もうぎりぎりになって遺書の内容を発表した。そして、今日の大問題になったわけですが。
 この間に、ルポライターの野田さんという方がこの問題でずっと当時から現地に行って非常に精査しております。そのルポライターの、私、会ってお話も聞き、それからある週刊誌に報道されたこともあって野田さんの話は、責任問題がありますから野田さんと言います、これからは。野田さんの話によるとという形にします。野田さんの話によるとと言わない限りは、私は、現場の学校の先生だとか教育委員会その他の人から聞いた話だということで区別していただきたいと思います。
 で、このルポライター、野田さんの話によると、当日、少女はいつもより少し早めに自宅を出て自分の教室に入ったと。いいですか、教壇の上に立って、用意してきた自転車用、自転車荷台用のゴムひもを天井からつるしてOHP用のスクリーンに掛け、首に回すと教壇をけったというんです。そして、その後、足下には、私が死んだら読んでくださいという紙の下に七つの封筒が置かれてあったというんです。この七つの封筒に書かれていた内容から見ると、いじめによる自殺を図った遺書である。
 つい最近、滝川市、一年間かかってようやく認めたわけですが、私は、この一年間も、私も後ほどこの遺書の内容を見て、一年間もこれを放置しておいたという学校当局や滝川市教育委員会のやり方は許し難いものを感じているわけですが、その点について、随分早くに知った文部省当局は、この、長い間こういうことが、事実があったことを隠ぺいしていた学校や市当局に対する政府参考人としての考え方を示していただきたいと思います。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 市の教育委員会や学校はいじめがあったかなかったかを調査することにしたわけでございますが、調査の方針が必ずしも明確ではなく、教育委員会は学校からの報告を受け対応している状況でございました。その結果、調査に一年以上掛かったと。それから、市の教育委員会は遺書の内容を把握をしていたわけでございますけれども、公表をしなかったということがございます。
 この事件につきましては、遺書の内容を承知をしていながら公表しないで、かつ迅速に原因の究明を行わなかったことなど、市教育委員会、学校の対応に問題があったと考えております。

■中川義雄  私は、一年間にわたってこの問題を隠ぺいしようとした学校や市教育委員会当局のそのこそくな背景というものがよく分かるような気がしてなりません。それは九月、昨年の九月九日なんです、この事件が起きたのは。そして、九月十一日がいわゆる郵政解散総選挙でありました。当時マスコミは、小泉劇場というような形の中で、ほとんどそちらに報道の内容は集中していたんです。
 この問題について、地元では余り影響力のない毎日新聞が一番大きく報道しておりますが、圧倒的な地元では影響力の強い北海道新聞の当時の切り抜きを見て私はびっくりしました。本当に数行のべた記事で、事実だけ淡々として書いておって、しかも遺書があったとかそんなことは全然書いてないんです。そのことによって、私は、この学校当局や市の教育委員会は、これは報道に大きく取り上げられぬ限り隠し押し通せると思ったことが今日までこういう遅れた結果になったんだと。これは私の推測であります、それぞれの心の中身まで明らかにしてくれませんから。しかし、当時あの異常の中で取材していた野田さんも私と同じような見解を持っています。
 異常なこの事態、これが全然マスコミが取り上げなかった。マスコミというものは、遺族がこの遺書を発表した途端に、物すごい、今でも、今朝のテレビを見ましてもわんわん報じておりますが、この事態が起きたこの時点でマスコミの責任はほとんど果たしてなかった。このことが隠ぺい工作を助長した原因になっているのではなかろうか。これは私の個人的な見解ですから、政府当局の考えは聞くつもりはありません。
 しかし、大臣がこの事件を知って、さすがだと思ったのは、即刻現地に調査に入れと言って、三人の文部科学省の担当者を現地に、把握して、私も帰ってきた結果を聞きましたが、この調査の結果、概略でいいですから、局長の見解をお示しいただきたいと思います。

■政府参考人 (銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 滝川市の児童の自殺の事件は、ただいま先生からお話がございましたように、子供が自殺を図ってから、その原因、背景の究明に一年掛かったわけでございます。先ほども申し上げましたが、教育委員会において遺書の内容を承知をしていながら、そのことを公表しないで、かつ迅速に原因、背景の究明を行わなかったことなど、やはり教育委員会、学校の対応に問題があったと考えております。
 私どもといたしましては、いじめの問題につきましては、できるだけ早く見抜いて迅速な対応を取ること、教育委員会や学校が問題を隠すことなく対応し、家庭、地域と連携をして対応するといったことが重要だと考えております。
 いじめは決して許されないことではありますが、どの学校でも、どの子にも起こり得る問題であることを十分認識をして、問題を隠さずに迅速に対応するといったことがあればというふうに思っております。

■中川義雄 そこで、これはまた野田さんのレポートによりますと、当日、母親の話では、仕事中の午前八時くらいに職場に学校の先生から電話がありましたと。娘さんが首をつったので来てくださいと、そういう声が聞こえましたと。もう動転して、その後のことは余り覚えておりませんと。とにかく急いでタクシーに乗って病院に向かいましたと。その日の夕方でしたが、自宅へ帰ってから、私が、書き置きなど残していないか、部屋を夢中になって捜しておりましたと。ちょうどそのころチャイムが鳴り続くので扉を開けると、校長ともう一人の教師、これはどういうのか担任でないんです、立っていました。玄関に入ると、いいですか、手紙を持ってまいりましたと、そう言って私に渡しましたと。これは私は明らかに遺書だと思いますから手紙とは言いません。母親もその後は手紙とは言っていません。学校が言ったのは手紙であって、母親は、遺書は七通ありましたと。七通のうち学校あてと六年生あてがあったので、そのときに来た校長先生が見せてくれないかと言うから、いいですか、学校あてと六年生あてのがあったから、これは私のところへ来たものでない、学校あてと六年生あてだと思ってそれを校長先生に手渡したら、もちろん母親は、その内容が全くその場でですから分かりません。そしたら、校長先生と担任の先生が夢中になってその内容をメモに写していったそうです。そのことだけは、何で自分に来たものをメモに取っているのかなと異常に思ったものですから、そのことだけはよく知っていますと。そして、ただ一言、申し訳ありませんでしたと言って帰りましたと。
 私はその後調べてみましたら、七通の遺書のうち学校あてと六年生の皆さんへというのとが二通、それからお母さんと大伯父さんあてが一通ずつで二通、そして友達あてが三通、計七通であります。学校あての封書を、手紙か知りませんが、学校に置かれていたものを何で、開いたか開かなかったかよく分かりませんが、遺族に返したのか、全くその行動は私には、校長先生だとか学校の先生というのは常識人でなければならないと思いますが、全く分からないんですが。
 このことについて調査に行って、もちろん知ったことだと思いますから、学校当局やそして市教委、どんな見解を持っていたのか、ここで具体的に示していただきたい。大切なことだからちゃんと説明していただきたいと思います。

■政府参考人 (銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 北海道教育委員会によれば、事件発生後、滝川警察署が現場検証を実施をし、遺書については捜査資料として押収をしたそうでございます。捜査終了後、遺書につきましては遺族にすべて届けるようにとの指示があって校長が遺族に渡したということでございます。道の教育委員会、市の教育委員会、学校としては、警察の指示どおりに遺書を保護者に返したものであるが、遺書を一読した際にきちんと記録を取ることができなかったと考えるという見解であるというふうに報告を受けております。
 文部科学省としては、校長が学校あての遺書の内容を十分把握できなかったということは適切ではないと考えております。

■中川義雄 これ、警察がそのときどう言ったのか、私が調べてみても、もう一年もさきの話ですから、私も調べてみました。そんなことまで警察はよく分からないという話でした、だれにそのあれを渡せとかなんとかといった、そんなことまでは。しかし、はっきり分かっているのは、あて先がきちっと書かれた遺書であったということだけは警察も認めています。そして、これは後から、私は方便だと思うんです。警察から遺族に渡せと言われたから渡したんだと。校長先生ってそんな無責任なものなんでしょうか。自らにあてられたものを、今になってから、話が困ってきたら警察に当時言われたからなどと言うのは、私はふざけたことを言うなと。自らにあてた内容、そして一貫してそのときはその内容をよく把握していなかったと言うんです。いいですか。
 後から遺書の内容を全面的に言いますが、そんな長いものだったですか。物すごい短い、端的に書いたしっかりとした、写真もありますから、小学校六年生の割にはしっかりとした内容の遺書でありました。そして、それをそこでは書き取っていったのを母親はよく見ているというんです。それを、遺書の内容はよく分からなかったというのが最近まで校長先生が押し通してきた論理であります。
 そして、いじめがあったかないかということについては、これは客観的ないろんなものがないと、本人が言ったからすべていじめがあったかないかということを判断するのは早計であります。私はそう思います。
 しかし、文部省の通達では、まず本人がどう思っているかを一番大事にしなさいと言っているのが文部省の一貫した通達であります。ですから、この遺書の内容をまず精査することが、その原因をしっかり把握するために学校当局や市教育当局がしなければならなかったのに、その後ずっとそれを見ようともしなかった事実がありますから、今のような簡単なものではないんです。いいですね。
 私もだから報告、三人が行ったというから私もその報告を求めたら、ほとんど、私が電話で市当局や学校や道教委やいろんな関係者に、一人しか私調査する者がいません。ただし、途中から私の札幌の事務所の所員、全動員して調査しましたが、残念ながら私の調査した内容の方が、三人の人がわざわざ高い旅費を掛けて現地まで行った内容より私の調査の内容の方がはるかに自慢でないが良くできていたと。
 この野田さんのレポートというのは、ちゃんとした週刊誌に発表されています。文部科学当局はこの野田さんに会って事実を確認しましたか。その点だけはここでお答えいただきたいと思います。

■政府参考人 (銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) お話の野田さんにはお会いしておりません。
 
■中川義雄 当時のマスコミの中でこの問題をこれだけ詳しく取り上げたのは、私の知る限りでは野田さんだけなんです。ですから、私は、忙しい中に野田さんと半日会っていろんな話を聞かせていただきました。野田さんに会っていろんな話を聞いたら、生々しい、当時のあの現場でいろいろと、調査したのは野田さん一人だったものですから、私は野田さんの話に相当の真実性だとか、後から言うが、野田さんが予測したことがそのまま事実であったことが分かるわけですから、野田さんは東京に在住している方ですから、わざわざ北海道へ行かなくても、本当にこの問題を解明する意思があったら、野田さんぐらいは、ちゃんと署名、自分の名前を入れた署名入りの記事でありますから、野田さんぐらいに会っておいてほしかったなと、私はそう思うんです。
 野田さんから聞いて、私はこれはいじめによるものだなと強い確信を持ったのは、去年の八月から九月にかけて、この六年生児童が修学旅行へ行っているんです。修学旅行へ行くと、部屋割りその他で事前に子供たちと話し合って調整しているんです。六年生ですから、男の子と女の子とを同じ部屋に泊めるわけにいかない。しかし、この担任の先生は非常に民主的な先生だったんでしょう。部屋割りを生徒の自由に任せたんだそうです、意思に。そうしたら、この当該の女性だけ一人だけが余ってしまった。そういう事実があったと野田さんはその当時、修学旅行に行った子供たちや何かの話を聞いて間違いない事実だと私に言っておりました。
 これもレポートの中にありますが、これが間違いある事実であったかなかったか、文部省は確認しましたか。

■政府参考人 (銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 修学旅行の部屋割りで問題が生じまして、その子が班に、どの班に入るかが決まらなかったということは確認をいたしております。担任が女子の全員を集めて話合いを行って、ある班から私たちの班に入ってもいいよと担任に報告があって、担任から亡くなられた児童へこの班でよいかという話をして、本人が納得したという報告を聞いております。

■中川義雄  これは、あなた、そこだけ言ってほかのこと隠しているんです。その子が、いいですか、了解したと言っているんですね。もういなくなったことですから、了解したかしなかったかというのはだれも説明できないんです。それをあなたは了解したと言っているんです。私は了解してなかったと思うんですよ。なぜそう言えるかというと、子供たちが宿泊するときはどうしても女性でなければならないから、女性の部屋に強制してでも泊まらせんとなりません。しかし、受け入れられなかったものですから、今度は昼間、班をつくって、いろいろと見たり聞いたり話し合ったりした。この女性はどの班に入りましたか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 道教委の、道の教育委員会からの報告によれば、男子と一緒のグループに入ったというふうに聞いております。

■中川義雄  そこまで道教委がようやく調べて、私も市教委に何ぼ言ってもその辺が明らかでなかったんですが、道教委が調べて、男子生徒と行動をともにしたというんです。
 それは私は頭が悪いが、夜まさか男子生徒と一緒に女生徒を、六年生ですから、同じ部屋に泊まらすわけにいかないから、およそ担任の先生が強制しても女生徒と一緒に泊まった。しかし、女生徒がそれを拒否したものですから、行動は男子生徒とともにしたと。私は、単純に思ってそう思います、それは。まあいいでしょう。これはあなた方も、ここにいらっしゃる皆さん方も、どう判断するかであります。その判断が誤っていたから今日までおかしかったわけでありますから。
 そして、これは野田さんのお話によりますと、ずっと当時取材していたら、そのとき非常に差別されたといいますか、いじめられた実態が周りの子供たちの証言からも出てきたというんです。修学旅行先で少女はやはり孤立していましたと。自由時間や食事の際にも独りっきりでいた少女の姿が何度も目撃されていると。これは同じ同級生の話であります。しかし、担任のこの教師は、その際、少女に何の救いの手も差し伸べたというものは見られなかったというんです。
 この修学旅行というのは、九月九日に自殺しているわけですから、直前の事案であります。このことについて、この直前のこの事案とこの自殺に全然関連がないと、市当局も学校当局もそう考えているのか。文部省も調査したはずですから、文部省の、ここでは今度は文部省の見解を示していただきたいと思う。私はその、私の見解は、この時点見ただけでいじめによる自殺であったと、私の見解はそう思うんですが、文部省の見解を示していただきたいと思います。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 先ほど申し上げましたように、昼の修学旅行中のグループについて、亡くなられた子供さんは女子グループではなく男子グループに入っているわけでございます。
 そこで、私どもも、そのことはやはり他の児童、他の女子児童とうまくいっていないということではないかということで、いろいろお聞きをいたしました。いわゆる仲間外れではないかということではないかというふうにお聞きをしましたけれども、市教委としては、結果としてグループに入ったことや自主研修、自由時間の様子から、この時点ではいじめがあるとは推察できなかったと考えているということでございました。
 ただ、私どもとしては、やはり仲間外れというのはいじめでございますから、そのことが、そういう状況がやはりあったというふうに考えております。

■中川義雄  これは私に対する道教委の調査結果の、これからはしばらくの間は道教委の調査結果に基づいてお話ししますから、少なくとも、道教委の調査結果ですから、それに対してはしっかりとした見解をお示しいただきたい。
 昨年九月二十三日、保護者というのは、これから保護者と言いますが、これは大伯父さんのことであります。母親はもうその後ほとんど世間に顔を出さなくなってきております、ショックで。九月二十三日、学校へ行ったら、校長先生が、当時仲間の児童が作った、仲間の児童とPTAが作った折りづるをその伯父さんに、大伯父さんに渡したそうです。そうしたら、大伯父さん怒って、こんなものは要らないと。いじめがあったかなかったかの事実について、その調査を、結果を、こんなことより真実を知りたいんで、そのことを欲しいといってそれを拒否したんだそうです。
 それに対してそのとき校長はどう対応したのか。何も対応がないものですから、九月の二十六日にこの大伯父さんは再度学校を訪れて、同じことを、何でいじめがあったかないかについて何も触れないのか、校長としての責任ある見解を示してほしいと、またくどく言っているんです。そのとき校長はどんなことを言ったのか。調査の結果、それに対して、こういう校長の態度が教育者としてしかるべき態度であるかどうか、これは文部省の責任者としての見解をお聞かせいただきたいと思います。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 北海道教育委員会からの報告のまま申し上げます。
 九月二十三日金曜日については、遺族の方から、九月九日に保護者会を実施したときになぜ手紙の話をしなかったのか、早く保護者会を開き、子供にも一読した手紙の内容を読んでほしい、校長一人が決められないのは分かっている、二十五日の日曜日の午後六時までにやるかやらないかを早く決めてほしいので電話を入れてほしいと求められたので、校長は分かりましたと答えたとのことでございます。
 それからまた、千羽づるのことを保護者の皆さんにお礼をしてほしいと言われ、その日の夕方、校長が御遺族に電話を入れたところ、御不在であったということでございます。
 また、九月の二十六日につきましては、遺族から電話があり、手紙の公開はしばらく待ってほしいと言ってこられたので、校長は了解したと答えたというふうに伺っております。

■中川義雄  それは道教委の見解ですか。道教委の見解ですか。それとも、だれが言っていたんですか。
 私が道教委と確かめたときには、学校からこういう形式的な報告が来ているが、その中身については道教委としては、ここまで明らかになった時点で、今いろんな調査が入っているんで、私にはその中身は言えないという話だったんです、道教委は。しかし、今言ったら、随分学校側に都合のいい話が出てきているんですが。
 それでは一方聞きますが、学校側で言っていることとこの保護者が言っていることでは大分違うんですよ。今の話は、これは道教委なんて分かるはずがないんですよ。学校当局者とその当事者しか分からない話なんですよ。当事者である保護者の話を聞いた上でのあなたのお話なんですか。その点、しっかり報告してくださいよ。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 先日、文部科学省から現地に調査に参りましたときに、保護者の方にはお会いをしておりません。ですから、保護者の方からのお話は伺っていないわけでございます。
 先ほど申し上げました道教委のお話は、私どもも何回も確認をいたしましたけれども、道教委は先ほど私が申し上げましたような回答でございました。

■中川義雄  学校当局や教育委員会がそんなことを言っているということは私も道教委から聞いています。私の言いたいのは、道教委の言っているのは、一方の、今まで隠ぺいしてきた今の話ですから、隠ぺいしてきた当局者の話だけ聞いて、もう一方の当事者である保護者の話を聞かないでどうしてそんなことを言えるんだと言ったら、道教委も、私もそう思いますと言っているんですよ。
 いいですか。隠ぺいしてきた、言わば、私に言わせると教育者として悪いやつですよ。今更悪いやつの言い訳を聞いて、その一方の当事者の、主張した当事者の話を聞かないでこの公の席で言うのは、ちょっとこれからも注意してくださいよ。そうでしょう。調査というものは、公平な調査でなければなりません。これは当事者間に見解に争いのある事実なんですよ。
 それでは聞きますが、なぜ会わなかったんですか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 前回私どもが現地に赴きましたときは、まず、教育委員会それから学校からまず話を聞こうということでお伺いをいたしました。そういうことで、保護者の方にはお会いしなかったということでございます。

■中川義雄  そう答弁すると思いまして、私は休み明けの二十三日の日に全部細かくあなた方に示して、再度調査した上でここできちっと答弁してくださいよと。だから、もう忙しいのに早く、ゆっくりしていれば今日までも調査できたんですけれども、私が調査した結果を皆さん方に全部明らかにして、再度調査した上でここで見解を述べてくださいと、私はそう言っているんですよ。
 それが何、ずうっと前に大臣から言われて、駆け足で行って一日で戻ってきた人の、一日で戻ってきているんですよ、大臣。その人の話だけを言って、一方の言い訳をしていると思われる人の話だけ聞いて、それで調査と言えるんですか。もう一回見解を示してくださいよ。私が二十三日、苦労して、しかも二十三日の朝にこの通告をしているんですよ、二十六日まで十分時間あると思ったからですね。で、その際、これに基づいて調査の上、文部省当局の見解を示していただきたいと言っておるのに、これじゃ議会軽視じゃありませんか。もう一回答弁してくださいよ。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 先生からいろいろと資料をいただきまして、私ども、道の教育委員会と何遍も事実確認のやり取りをして本日の委員会に臨んだわけでございますけれども、私どもとしては、道の教育委員会それから市の教育委員会は、十月の五日に、この子が、亡くなられた子がいじめを受けていたということを認めて、すべてをもう今後隠ぺいすることなく報告をするという姿勢になったと思っておりまして、道の教育委員会を通じましてその後も調査を行ってきたという事情でございます。

■中川義雄  あのね、道の教育委員会、市の教育委員会、私が言っているのは、その人たちの、隠ぺいしていた当事者の一つですよ、その人たちの話、そんなに聞いたって、私にだって同じことしか言いませんよ、それは。隠ぺいした当事者が、私隠ぺいしましたなんて言うはずがない。それだけ調査して、だから、そうじゃなくて、もう一方の当事者がいるんだから、いいですか、いじめであったとそのときから主張していた、遺書の内容等についてもしっかり把握していた。
 私が言っているのは、それならもう一つ、そう言うけれども、道教委、道教委、道教委を通じて調査したんでしょう。最近、道教委がこの問題で、遺書が紛失したとかなんとかと言っているんですよ、これ。そんな無責任な機関に聞いて、あなた、それで納得するとしたら、本当に、非常にやっぱり優秀な人たちというのはすごいもんだなと。
 私は、庶民の立場に立って考えると、こんなことは許し難いからここで質問しているんですよ。もう一回誠意のある答弁をしてください。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 私どもも事実をきちんと明らかにしたいという思いは強く持っているわけでございます。また、こういう問題につきましては、事実を隠したり、事実でないことを話をしたりするということはあってはならないことだと思っております。
 私どもの事実の確認について、現時点でまだ不十分なところがあるというのは、ただいまの先生の御指摘でも、私ども言わばまだ確信が持てない事柄があるわけでございますので、引き続き、遺族の方への聞き取りも含めて、更にしっかり文部科学省として調査をしていきたいと思っております。
 なお、その遺書を紛失した件につきましては、これはもう極めて遺憾でございまして、実はあした、道の教育委員会の方もこの件について私どもの方へ訪問することになっておりまして、この点については再度厳しく指導を行いたいと思っております。

■中川義雄  私も道の教育委員会だとか滝川市の教育委員会又は校長先生のお話を聞いて真相を明らかにしたいですよ。しかし、もう一回隠ぺい工作をしてしまった当局者ですから、なかなか言ってもできませんよ。そしてまた、私の場合、国会議員という立場で、ここでは議論できますが、道教委だとか市教委に対して言うと何か権力の濫用みたいな形にも取られるものですから慎重にしているんですよ。だから、私は道教委に対してもただ静かに頼んでいるんですよ。一方の当事者の見解を聞いて知らせてくださいと言っても、それは知らせてくれないんですよ。いいですか。
 だから、私は国会議員ですから、国政の問題として、学校教育の最高責任者としての皆さん方に聞いているんですから、相変わらず道教委、市教委が隠ぺいした、その当事者の話だけじゃなくて、自らが行って調べる気があるかないのか、ここでちょっと見解を示して、後で大臣の見解は聞きますから、あくまでも。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) この滝川市の件につきまして、私どももきちんと事の真実というものを明らかにしたいと思っております。私ども、一度現地に参りまして調査を行い、その後も教育委員会を通じまして事実の把握に努めているわけでございますが、まだすべて明らかになったとは考えておりませんので、現地にまた調査に行くことを含めて、真相を明らかにしていきたいというふうに思っております。
 なお、私ども、繰り返しになりますけれども、事実を隠したりするということはこれは許せないことでございますので、道の教育委員会、市の教育委員会に対しましても率直に事実を私どもに伝えてほしいということはまた繰り返し要請をしていきたいと思っております。

■中川義雄  これは野田さんから聞いた、間接に聞いた話です。ですから、事実がどうであったのか、私もまだ確かめておりません。というのは、残念ながら時間がなくて私もまだこの保護者に会っていないんです。で、野田さんが保護者に会ってこの辺についての、余りにも学校や市当局の言うことと懸け離れているので、これは野田さんが保護者に会った話ですから全部正しいかどうかは分かりません。しかし、私は、野田さんと会っていろいろ話して、この人は私にうそを言う、偽りを言う何の利益もない人ですから、かなり怒りに覚えた形で言っていることは事実ですが、これは野田さんの言った話に基づいてこれから聞きますから。
 昨年の十月十二日にこの保護者は、野田さんに言った話によると、学校に行って、校長に対して、遺書の内容について学校でも知っているのではないのかと。というのは、それは届けた日に母親の目の前で学校あてと六年生あての二通を見せて、先ほど言ったようにメモを取っていたという事実があるものですから、そのことを言って、学校だって知っているだろうと。何回言ってもこの校長は詳しい内容は覚えていないと言うんです。後から言いますが、本当に短い遺書の内容ですよ。それなら何で見たのか。何でメモまで取ったのか。都合が悪いから言わないだけではないですか。
 そして、そのとき、保護者が怒って、そこで再度その遺書の内容を校長先生の前で、学校あてと六年生あての遺書の内容を読み上げたと言っているんですが、こんな事実があったのかないのか、これも通告してありますから、調査の上ここで報告していただきたいと思います。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 道教委からの報告によりますと、十月十二日に児童の遺族の方が校長に対しまして遺書の内容を知っているかと質問をし、校長が詳しい内容は覚えていないと答え、見せてほしいとお願いをしたところ、遺族の方が読み上げたとのことでございます。

■中川義雄  そのとき、少なくとも間違いなく保護者の、その今盛んに言っている大伯父さんの前で読み上げられたわけですから、その内容を知ったはずです。知った上で、校長はどのような見解を持っているんですか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) まず、校長は、その遺族の方が読み上げた後、遺族の方から今聞き取った内容をまとめたものを見せてほしい、それから次のことを考えたいと言って帰られたので、校長は後日、十月の十九日と聞いておりますけれども、まとめたものを遺族に確かめてもらったと承知をいたしております。
 なお、まとめたものにつきましては、学校は市教委に連絡をいたしましたが、市教委から道教委への報告はなかったというふうに承知をいたしております。

■中川義雄  調査というのは道教委に対してだけやったんですか。ちょっと答弁してください。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 現地に参りました調査は、道の教育委員会、市の教育委員会、それから学校に対して事情を伺っております。

■中川義雄  間接的に聞いたらますます分からなくなるわけですよ。今、私は質問の通告の中でも、当事者間でどんなやり取りがあったのか具体的に調べてここで答弁してくださいと言ったのに、道教委の話によればという話だったら、これどうするんですか、これ。もう一回、それでいいんですか。
 本当にこのいじめの原因だとか、今後の、このせっかく幼い命をなげうって訴えているわけですよ。これを無にしないためにも、この際あらゆる角度から調査して、その結果を明らかにして、その上で対応策を考えなければならない大事なときに、道教委、道教委と隠れみのみたく道教委を使ったって、僕も道教委のことをよく知っていますけど、同じことを言っていますよ。それは百も承知ですよ。昔からの付き合いあるから、どやし付けたこともありますよ、何を言っているんだって。それでも同じことをオウム返しで返ってきていますよ。その道教委だけの話でこんな大事な話を説明されても困りますんで、もう一回ただ聞きます。
 じゃ、その当事者に文部科学省は直接当たったのかどうか、その点を確認させていただきたい。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 私の説明が十分でなくて大変失礼をいたしました。
 十月十二日に児童の遺族の方が遺書を読み上げたときの事情につきましては、一方の当事者でございます校長からその辺の事情は伺っております。ただ、先ほど来申し上げておりますように、さきの現地の調査は、道の教育委員会、市の教育委員会、それから学校、つまり校長からしかお話を伺っておりませんので、私ども、引き続き遺族の方を含めて更にお話を伺って調査を進めていきたいというふうに思っているところでございます。

■中川義雄  それ、まあ仕方がない。それしか把握していないんですから仕方がありません。
 それじゃ、もう一つ聞きますが、どうも母親や保護者の話によると、この子が急におかしくなってきたのは、どうも思い当たるのは、小学校五年生になって今の担任の下に入ってからおかしくなってきたと。その前の担任であった、今の、この学校の教頭先生になっているんだそうです、四年生当時の担任の先生が。そこで、この保護者はもうたまらなくなって、うちの子はそんなに悪い子供だったんでしょうかと、何でいじめを受けなければならないようなことになってしまったんでしょうかという、その子供が非常に尊敬していたと言われる教頭先生に会ったんだそうです。教頭先生に会って、教頭先生、どうですかと、うちの子がなぜこんなになってしまったんでしょうかと。あの遺書に自ら書いているわけです、後から言いますけれども。そうしたら、その教頭先生はその遺族に対して、この子は授業に対しても積極的に取り組み、どの教科についても十分な能力を持っていた、要するにできる子だったと、逆にできるためにひょっとしたらそねみを受けたかもしれないというようなことを言っていたそうです。
 このことも私は通告にしておりますから、これ当事者に確認してほしいと言ったんですけど、教頭先生はこのことに対してどう言っておりました。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 先ほどの私の答弁で一点補足をさせてまずいただきます。
 先ほど校長先生からも話を聞きましたということを申し上げましたけれども、その席には市の教育委員会等も同席をしておりましたので、その点は申し添えさせていただきます。
 それから、ただいまお尋ねの件でございますけれども、私どもが把握をいたしておりますのは、十月の十四日に教頭先生が当該児童が四年生のときの担任教諭の転勤先の学校を訪れまして、当該教諭、つまり四年生のときの担任教諭から次のような話を聞き取ってきたということを聞いております。その内容は、その子は授業に積極的に取り組み、どの教科についても十分な能力を身に付けている児童であったというお話であったというふうに聞いております。

■中川義雄  この教頭先生は、ほかの学校に転勤した先生のところに行って聞いたんですね。その辺は私が野田さんから聞いたのとこれは若干、要するに四年生当時の担任の先生から聞いた話がそうだという、それを確認したんですね。教頭先生がそのことを確認したと。


■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 先生おっしゃるとおりでございまして、教頭先生が四年生当時の担任の先生から先ほど申し上げたような話を確認をしたということでございます。

■中川義雄  十月の十七日にこの保護者が校長先生をまた訪ねて、この間も読み上げた遺書の内容、それから部屋割りの話等を挙げて、学校にいじめがあったことを学校側は率直に認めてほしいと、認めてもらわなければ私たちはこれから何をやっていいか分からないと、子供の死を無駄にしたくないと、だからまず認めていただきたいと、子供の死を無にしたくないと。そして、これで終わりませんよと、この死の、なぜ死を選んだかのことについて、教育者、学校当局の見解がしっかり定まるまでは何回でも来てお話ししますよと言っておりましたが、調査の上でこの校長先生はこの保護者に対してその後何か積極的に説明したような事実がありますか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 十月の十七日でございますけれども、これは遺族の方から校長に電話がありまして、学校でいじめがあったことを認めてほしいと、こういう内容の電話だったそうでございますけれども、これに対して校長は、現在調査中であるので、認める、認めないとはまだ言えないと回答したというふうに聞いております。それは、その時点ではそういうふうに答えたということでございます。
 やはりこの点は、先ほど来、冒頭から申し上げておりますように、学校あるいは教育委員会がこの自殺の問題について迅速に、あるいは事実を公表して原因の究明を行わなかった対応に問題があるということを申し上げましたが、その一つのそれは表れではないかと思っております。

■中川義雄 そして、十月の二十日、十七日から間もないころですが、またこの保護者の話によると、午後四時ごろに学校へ行って、その前日に、その保護者に渡したんじゃなくて、校長が出した現段階における学校の取扱いについて、その文書をコピーにして渡したと。そこで、それをもらって家へ帰ってよく見て、この保護者は再度、翌日の十月二十日に、午後四時ごろ、先ほど言った午後四時ごろ学校に訪校して、先日のあのコピー、現段階における学校としてのとらえ方について、保護者はこれは違うよというようなことを具体的に校長先生に質問をし、回答を求めたと聞いていますが、その具体的なやり取りについてお示しいただきたいと思います。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 十月二十日、保護者の方が来校しまして、ただいま先生からお話のございました「現段階における学校としてのとらえ」というペーパーの内容について説明を求めております。
 私どもが聞いております質問は三点だったそうでございまして、第一点は、この「現段階における学校としてのとらえ」の中で「一年生の教室に自ら出向き、児童の面倒をよく見るなど、低学年から慕われていた。」という記載がありますが、この記載の事実関係について質問があったそうでございます。これに対して学校側は、当該児童は、四月当初、一年生の教室に行き、率先して遊んであげたり、面倒を見ていたと回答したということでございます。
 それから、二点目でございますが、この「現段階における学校としてのとらえ」のペーパーの中に、「一学期の終わりごろ、席かえのことや友人関係について本人から担任に相談があり、担任の指導により解決された。」と、こう記載をしてあるわけでございますけれども、本当に解決されたのかという質問をしたそうでございます。これに対して学校側は、席替えや友人関係に関する相談については解決したと思っていたと回答したそうでございます。
 それから、三点目でございますけれども、チクりという言葉の使い方について質問がありまして、これに対して学校側は、当該児童が他人の秘密にしていることを他の人に話してしまったことからこの言葉が出たと思うと回答したと聞いております。
 私ども、とにかくまだ十分でないかもしれませんが、事実関係についてはできるだけ詳細に把握をするように今努めているわけでございますけれども、十月二十日の点につきましては以上のような状況だったと把握をいたしております。

■中川義雄 今の、私の調べたのとちょっと違うのは、今の席替えの話だとか何かは、私の調査したところでは十一月四日の保護者会の席での話だったと聞いております、席替えの話。この現段階における学校のとらえ方の中で、席替えの話だとか何かは出ていたんですか。私が聞いたのとはちょっと違って、いや、私も間接に聞いたことですから何も私の言ったことが正しいとは言っていませんので、私の調査では、十一月四日の保護者会においていろんな説明のあった中に今の席替えの話、その他があったと聞いていますが、今のはちょっと早過ぎるんじゃないですか、これ。その辺ちょっともう一回確認を。私の、間違っていたら間違いで、私の方が正しかったら正しいで。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) 今、私、この「現段階における学校としてのとらえ」、二〇〇五年十月十九日最終稿というペーパーに即してお話を申し上げているわけでございますが、この中でFという部分に「一学期の終わりごろ、席かえのことや友人関係について本人から担任に相談があり、担任の指導により解決された。」という記載がございます。
 この十月の二十日、保護者といいましょうか遺族の方が来校した際には、この十九日のこのペーパーに即して質問があったということでございますので、十月二十日にもこのことは話題になったというふうに受け止めております。

■中川義雄 間違いない、そのことは事実なんです。
 この子は、小学校五年、六年生になったころからかなり同級生の仲間で孤立してきたものですから下級生と遊ぶようになってきた、下級生の面倒をよく見るようになったと。これは私の調査でもそうなってきているんです。同級生に仲間がいないものですから、孤立感、孤独感、そして昼間は母親は職場に行って、いませんから、隣近所の人たちも下級生と一緒によく遊んでいたとか、まあこれ仄聞すると少ない小遣いだったんだそうです。その少ない小遣いの中から下級生に何かを買ってあげるというのは隣近所の人も見ていたということを、このルポライターがそう言っております。
 野田さん、だから、そのことを見ただけでも、この子は学校で同級生からは相当いじめられていて、心の寂しさを下級生を面倒見ることによって自らを励ましていたのではないかというふうに、これは野田さんの言葉です、言っておりました。私もそうでないかな、そんな感じがする。
 そして、さっき、友達あての三通の手紙の中には、同級生あてが一通、あとの二通は仲良くしていた下級生あてなんです。そんなことも、教育者ならば、この子供の心の奥みたいなものを見とって反省すべきではないかとも今思いますが、一年間待たしてしまったんです。そして、これまでは母親も何とか命だけはもち続けてほしいと願っていたんですが、今年の一月六日に残念ながら病院の発表では多臓器不全で死亡したと。そして、市教委が記者会見して当該女子の死亡を発表しましたと。
 ここからが大事なんですが、市当局のコメントによると、現時点で直接事故に結び付く原因を特定できる情報は得られていないと。いいですか。手紙については七通残されていたと。そのうち三通については校長が一読しており、校長から、報告によるとおおむね次のとおりであると。
 いいですか、この内容がびっくりするんですよ。学校への、友達が少なかったこと、先生方へ迷惑掛けてごめんなさい、これは学校あてなんです。六年生の皆さんへは友人関係の好き嫌いについて書いてあったと。しかし、個人的な問題だから発表しないと。お母さんあての手紙は、御迷惑を掛けてごめんなさい、そして席替えの話だとか、もうこの時点で明らかになっているんですよ。修学旅行の様子ということについては一切触れておりません。特に、いじめについては全然触れてないんです。かすかに残っていた生への希望が絶たれたときの記者会見の内容がこうなんです。
 このことについて何か、私の調査ではそういうことなんですけれども、事実と間違いがありますかどうか。何か別なことを記者発表しているかどうか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) ただいま先生からお話のあったとおりではないかと思っております。
 市の教育委員会の記者会見、すなわち一月六日に当該児童が亡くなられたときの記者会見では、遺書の内容からは席替えや修学旅行の様子が特定できる記述が見られなかったことから触れなかったと聞いております。また、自殺の原因がいじめであることについては、その時点では特定できていなかったことから触れなかったと聞いております。
 なお、校長からは、今先生がお読みになりましたような、学校へは、友達が少なかったこと、先生方へ迷惑を掛けてごめんなさい、六年生の皆さんへは友人関係の好き嫌いについて書いてあったと、お母さんあての手紙は御迷惑を掛けてごめんなさいという内容であったといったようなことは言っております。
 私は、やっぱり……

■中川義雄 そこはいいよ、ちょっと重複、時間がないからそのとおりだったらそのとおりで。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) この時点の対応というのは問題が多かったというふうに思っております。

■中川義雄 それが本当の姿なんです。私は、保護者の、これは野田さんに言った話ですが、この遺書は、要するに市教育委員会の幹部が見舞いに来たときにこのお母さんがこう言ったんだそうです。この残された遺書はあの子が生きてきたあかしでもあるのです、ですから、翌日市教育委員会の幹部が入院先に訪ねてきたものですから、これは明らかに遺書ですと、是非読んでくださいと言ってその市教育委員会の幹部にそれを渡そうとしたら、それは文章だと言ったんだそうです、教育委員会の幹部が。それは文章だ、見たくないと言ったんです。そして、一切見ようともしないで、受け取りもしないで帰っていったというんです。
 いいですか。これはもう校長先生も何もみんな知っているんですけれども、ここで私は遺書の文面、学校あての文面を朗読させていただきます。
 この手紙を読んでいるということは、私が死んだということですと。私はこの学校や生徒のことがとても嫌になりましたと。それは三年生のころからです。なぜか私の周りにだけは人がいないんです。五年生になってから、きもいと言われてとてもつらくなりましたと。六年生になって私がチクりだったのか差別されるようになりました。一時は収まったのですが、周りの人が避けているような冷たいような気がしましたと。何度か自殺も考えました、でも怖くてできませんでした、でも今は決心しましたといって教壇をけっているんです。
 これは遺書でなかったとか、単なる文章であったとか、いじめはあったとは思われないとか、この文章を見、知っていた教育者が一年間もこれを隠しておいて、いいですか、これで本当にいいんでしょうか。このことを知っても、なお文部科学省の皆さん方は道教委、市教委の話によればという淡々としたお答えで終始するのでしょうか。
 ここで、きもいとか、私はよく分かりません、チクりとかという言葉は分かりませんが、周りの若い人に聞いたらみんな知っていましたが、きもいとはどういうことなんですか、チクりとはどういうことなんですか。

■政府参考人(銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長) きもいという言葉については、気持ち悪いという意味とされております。それから、チクりについては、秘密などを他の人に告げ口するとの意味で用いられていると承知をいたしております。これらの言葉は、言われた相手の心を傷付ける表現でございます。
 私、今先生が「学校のみんなへ」という遺書を読み上げられましたけれども、これは明らかに無視とかあるいは仲間外れとか、そういったいじめであることはもう間違いないと思いまして、本当に心の痛む思いがいたしております。先ほど冒頭申し上げましたけれども、やはり一年間も掛かって、その間事実を公表しないということは、やはり教育委員会、学校の対応に私は問題があったと思っております。

■中川義雄 今言ったように、まだあるんです、本当は。だけど、時間がなくなったから省略しますが。
 昨年九月から遺書の公表に至るまで遺族が足しげく、同じようなことを繰り返して、担任、学校長、教育長を訪ねて、いじめの存在、自殺について要因を問うているんです。明確な回答がないものですから、十月一日、遺族が遺書の公開を決断して、その内容が新聞やテレビで大々的に報道されたんです。
 本当にこの子が亡くなったときは何の報道もしなかった報道機関が、要因も探ろうとしなかったのが、もう天下の月光仮面のような報道をがんがんやっているんです。あれを私は見て、余り歓迎できない。ここまで一年間、報道機関もほうっておきながら、遺書が公表されるや否やあのオーバーな報道ぶり。私は、それでいいのかな、報道機関に責任なかったのか。一年前にもっとこの真実について報道機関がしっかり取り上げて、そしてこの事実が明らかになっていたらあの福岡の事件は起きなかったのではなかろうかと思うと。学校にも社会にも、特に報道機関にだって責任はあるのではなかろうか。我々政治家も気が付かなかったことには、そして文部科学省もこういう事実を小さいうちにしっかり把握しておけばですね。残念でたまらないわけであります。
 そして、この報道が出た途端に、当初はいじめはなかったと、あったかどうかは分からないとか、言葉を濁していた市の教育委員会は、市長を先頭にして、特に伊吹大臣から、遺書を握りつぶすことがあってはならないと大臣が非常に強くアピールした。その結果、十月五日になって、これまでこれだけ否定していたのに十月五日になって遺族に謝罪して、十月十日には市教委が、教育長は辞表を出し、教育委員長も辞表を出し、教育委員会の幹部は更迭されて、私はこれも無責任だと思う。本当に教育に携わる者だったら、ここまで天下に明らかになったら、これまでの事実をもっともっと調べて、これをなくするための努力を最後にして、その結果自らの責任を天下に請うというんならいいが、うまい話をして逃げてしまった、私はそうとらえているんですが、大臣、このことについてだけは大臣の見解を伺いたいと思います。

■国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) まず、中川先生が、こういうことを二度と起こさないこと、そのために真実をしっかりと把握して、そして将来の同じようなことが起こらないための参考にもしなければならない。これがあればあるいは福岡の事案がなかったかも分からないと。私は、先生の御努力、そして御調査にまず敬意を表したいと思います。
 そして、亡くなられた子供さんが、まあ随分社会状況が変わっておりますから、従来でございますと、いじめがあった場合には御家庭で訴える人がまずいると、あるいは地域社会の中でだれかがくるんでやる人がいると。もちろん学校にもそういう人がいる。それが、そういう人たちが見付けられないまま苦しんでいた子供の心情を考えると本当に気の毒だと、哀れだという気持ちがいたします。そういう中で、先生がおっしゃったように、当事者である学校の先生方、それから市の教育委員会、道の教育委員会がまあお互いにかばい合って隠し合ってやっていたんじゃ、もう全くこれは問題の解決にならないんで、私は先生のおっしゃったとおりだろうと思います。
 今政府参考人が答弁をしておりますのを先生方お聞きになって、非常にまだるっこいというか、靴の上から何かかいているような気分で聞いておられたと思います。私は、政府参考人は言いたいことはあるんだけれども、そのことを国会の先生に言うのは僣越だと思いながら私は答弁していただろうと思うことをちょっとお話ししておきたいんです。
 それは、私たちは選挙によって選ばれておりまして、議院内閣制で内閣を構成しております、中央の政府は。それから、道の知事も、それから当該市の市長も議員もみんな選挙で選ばれているんですね。ですから、特定の政治理念を持って教育の在り方、特に教え方に対して介入をするとかいうことがあってはならないという一つの防波堤として教育委員会制度というものをつくっているわけなんですね。ですから、この教育委員会の設置に関する地方教育行政の組織及び運営に関する法律という法律が、これは国会で議決されている法律なんですね。これを読みますと、「教育委員会の職務権限」というところに、まず今回でいえば当該市の市立小学校を設置するということがあって、それを受けて学校の組織編制、教育課程、学習指導、そして今の生徒指導ですね、及び職業指導に関することを扱うと、こうあるわけです。
 ですから、私たちが直接教育委員会に対する指導権というのか、この指導権というのもまた非常に緩やかなことなんですが、指導、助言及び援助を行う権限を文部科学省は有しております。そして、それに関する調査権を持っておるわけです。ところが、学校そのものの設置権、運営権は市にあるわけですね、市の教育委員会。だから、先ほど政府参考人は教育委員会を立ち会わせてという言葉をわざわざ添えているということです。
 ですから、先生がるる御指摘になりましたように、教育委員会というものはどうしてもやっぱり守り抜かねばならないものです、政治介入を排除するために。しかし、その人がこれだけ無責任なことをやっているということが各地に散見され、また学校、教師への指導ができないということであれば、やはり法律上の国の関与をどうするかということを考えなければならない。しかし、そこまでやると間違って使われた場合に困ることになるから、もう一度やはり教育委員会、教育委員の自覚を促して先生の御指摘どおりの責任感を持ってやってもらうということを我々政治家がすべてやはり考えないと、こういう隠ぺい工作をしたり、隠し立てをしたり、かばい合ったりする人たちのところになかなか今の法体系では風穴を空けにくいと。しかし、みんながそのことをしっかり自覚してやらないと、国家の教育への介入とか、特定政党に支援された地方自治体の長の教育への介入とかいうことが起こりますから、みんなでひとつ教育、この教育委員会の在り方というものを議論して、いい方向へ、そしてこんな悲しい事件は二度と起こさないようにしていただきたいと思います。

■中川義雄 これで最後にさせていただきますが、安倍総理は美しい人間をはぐくむ教育、そして美しい国ということを盛んに言っていますが、この美しい教育、はぐくむ教育というものを、それを念頭に置いて早速官邸内に教育再生会議というものを設置しました。
 私はその点は歓迎したいんですが、ただちょっと危惧するのは、文科省の中にも中央教育審議会というのがあって、やっぱり有識者もそこに入っているんです。官邸がそういうものをつくるのは歓迎しますが、屋上屋を重ねて混乱するのではなかろうか、その点を心配しているんです。そして、教育再生会議というのが動きやすいのかどうか分かりませんが、昨日、このいじめの問題にポイントを当てて会議を開いたんだそうでありますが、これもタイムリーでありますが、しかし、伊吹大臣の今の考え方というものは普遍的な考え方を示していただいたと思うんです。
 総理と大臣、議院内閣制にあって余り議員がタッチできない教育再生会議というものが屋上屋にあって、総理補佐官という人がそのてっぺんに立っている組織がそこにあると。議院内閣制の下に、大臣の下に中央教育審議会があると。下手すると、教育は今言ったように難しい問題がたくさんある中で、確かにきれい事ではいいことかもしれないが、この運用を誤るとただ混乱を呼び起こすことだけに終始しないか、私は心配しているんです。
 その点について、この教育再生会議、内閣府の責任者の見解と大臣の見解をお聞きして、私の質問を終わらせていただきます。

■政府参考人( 山中伸一内閣官房教育再生会議担当室副室長) 教育再生会議でございますけれども、これは二十一世紀の日本にふさわしい教育体系を構築し、教育の再生を図るということで、内閣総理大臣、内閣官房長官、文部科学大臣、それから十七人の有識者によって構成されている会議でございます。
 総理の方からは第一回の会議で、先生おっしゃられましたように、世界に開かれた美しい日本、これをつくる、教育はそのすべての基礎を成すということで、家族、地域、国そして命を大切にする豊かな人間性、創造性を備えた規律ある人間の育成に向け、教育再生を国政の最重要課題の一つとして位置付けると、そういうことで取り組みたいということで設けられたものでございます。
 この会議におきましては、総理の方からも、次代を背負って立つ子供に高い学力と規範意識を身に付けるための機会を保障するための方策等について検討をいただきたいということをいただきますとともに、また教育再生会議では、文部科学省の所掌事務に限らずより幅広い観点から教育の再生のための抜本的な施策、文部科学省に限らずいろんな省庁にまたがります、あるいは社会の協力を得なければならない、そういう事柄につきまして抜本的な施策を考え、検討いただき、この会議での議論の成果を踏まえまして、政府全体で教育再生に取り組むという、そういう形でこの会議を運営していきたいというお考えが示されたところでございます。

■国務大臣(伊吹文明文部科学大臣) まず、昨日再生会議がございましたが、これはいじめのための会議ではありませんでした、事実関係だけを申しますと。ただ、その中でいじめについて何人かの方が御発言になったという事実はございます。
 それから、再生会議の事務局長をしておられる総理補佐官の山谷さんが、我々が派遣をいたしました小渕政務官に遅れてジョインをして、そして福岡の関係者の皆さんに、これも先ほど申し上げたように残念なことですが、教育委員会を同席させ、教育委員会を通じて事情を聞かれたということです。
 やはり、再生会議は、なぜこれをつくるに至ったかということは、教育にやっぱり携わっている者がみんな、特に文科省も従来の考え方だけでいいのかということは、やはり真剣に受け止めねばなりません。今申し上げたように、例えば家庭の教育力を高めようとすれば、やはり三世代一緒に住んでいるという家庭を再生しなければなりませんね。そうすると、北海道なら北海道で働き場所がなければ、若い人は必ず東京へ出てきて核家族になるんですよ。再生をするということになると、これは公共事業から工場誘致までの話になりますね。お父さん、お母さんをうちへ帰して、自分は学校でこういういじめに遭っているということを話すだけの家族をつくり直そうとすれば、これは労働法制の話になりますね。そういうことも含めて議論を私はしていただきたいと。
 その中で、学校教育の分野にかかわることは、当然中教審という組織はございますから、そこへお諮りをして、そして教育論は、まあそもそも論とか居酒屋談義ならだれでもできますけれども、実際それを実行しようとすれば、法律を作り、政令を作り、通達を出し、予算の裏付けを作らなければならないんですから、それは必ず国権の最高機関にお諮りして決めていくと、これはもう当然のことでございます。