バックナンバー 2001年4月
■ ホームページ開設
2001年4月18日(水)
中川義雄でございます。
この度、遅ればせながら私のホームページを開設いたしました。
日々の活動の中で、私が感じたこと、考えたこと、国政の状況等をタイムリーにご報告できるよう心がけてまいります。皆様にも、折に触れてご訪問いただき、ご意見、ご感想等をいただけますようお願いいたします。
皆様との情報交換の場として、充実させていきたいと思っております。
今後とも、よろしくお願いいたします。
■ 「第二次ODA改革懇談会」の設置について
2001年4月19日(木)
自民党外交関係合同会議において、「第二次ODA改革懇談会(座長 渡辺利夫拓大教授)」を外務大臣の私的懇談会として設置することについて、外務省経済局長から報告を受けた。
私から、ODA支援は、我が国の国益を第一にして進めるべきで、中国のように最大の支援を受けているにもかかわらず、教科書問題や李登輝氏の来日問題についついてすぐ抗議し、内政干渉する国へ何の対抗処置もしないで支援することには、国民は納得できないと強く指摘した。
米田衆議員から、内政に対する支援を受けてそれを軍事費に回す軍拡国に支援する必要がないとの指摘も当然と思う。
■ 欧州訪問の成果
2001年4月20日(金)
8日から14日まで、ブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)議会と日本の国会との定期会議に、参院議員団長として参加しました。基調講演で日本と欧州、ロシアが国際協力を進めている国際熱核融合実験炉(ITER)を取り上げました。互いにその重要性を確認できたことは有意義だったと思います。
会議の合間を縫って、口蹄(こうてい)疫が猛威を振るっている英国も視察しました。
羊も牛も一頭もいない広々とした牧場を見て、背筋が寒くなる思いでした。何としても北海道に口蹄疫を入れてはなりません。
*詳細は提言活動・地域活動の項をご覧ください。
■ 亀井静香が総裁選挙を辞退しお詫び申し上げます
2001年4月25日(水)
4月12日私たちの指導者である亀井静香氏が、自民党総裁選挙に立候補し、皆様のご支援とご協力を心からお願いしてきました。しかし、予備選挙の結果は、小泉純一郎氏が、党員の9割近い得票を受ける圧勝に終わりました。本選挙において、国会議員の数にものを言わせ、逆転させると、自民党員はもとより国民からも大変なお怒りを受け、自民党が、壊滅的な打撃を受けることは、火を見るより明らかであります。
私は、志帥会総会において「国家国民の為自民党があり、自民党を正しく支える為志帥会がある、党利党略によって党総裁を選ぶことは、7月の参議院選挙で自民党が解党的敗北を受け、この国の将来にとり返しのつかない結果をもたらすので、この際、我々は、名誉ある撤退をすべきである」と訴え多くの同士の賛同を受け、本選挙で立候補を辞退しました。
支援頂いた皆さまに、心から深くお詫び申し上げます。